食料自給率は死守しなければならない - 食べ物は戦略物資

食料自給率という幻想(池田信夫blog)にて、食料の自給率(つまりどれだけが国産でどれだけが輸入か)についての言及を読みましたが。
大きな見逃しがあるのではと、いささかの危惧を感じました。


国際分業論って奴ですね。

松岡利勝の記事のコメント欄で、食料自給率をめぐって論争が続いている。特に先月、農水省が日本の自給率(カロリーベース)が40%を割ったと発表したことで、民主党が「自給率100%をめざす」などと騒いでいる。


しかし、この問題についての経済学者の合意は「食料自給率なんてナンセンス」である。リカード以来の国際分業の原理から考えれば、(特殊な高級農産物や生鮮野菜などを除いて)比較優位のない農産物を日本で生産するのは不合理である。そもそも「食料自給率」とか「食料安全保障」などという言葉を使うのも日本政府だけで、WTOでは相手にもされない。


この辺が池田氏による論拠の根なんだろうか。

食料の輸入がゼロになるというのは、日本がすべての国と全面戦争に突入した場合ぐらいしか考えられないが、そういう事態は、あの第2次大戦でも発生しなかった。

池田氏の話は、外交も経済も平常かつ平和でいかなる問題も無い時代の、「分業」なんですよね。
食糧生産が容易な国・地域にては食料を増産し、工業製品を日本は作り、互いにやりとりしてーと。


大戦中、英国はUボートによる海上封鎖を受けて海運関連産業に致命的なダメージを得ましたね。食料自給率が元々それほど高くなかった英国にては、国民生活に多大なダメージを受けたようですな。
映画、戦場の小さな天使たちで、絹が入手できなかった女性らが、脱出したドイツ兵のパラシュートを奪いあうシーンがあったような。
小説、風と共に去りぬでも、海上封鎖でボタンが入手できなくなるシーンがありました。


さてさて。日本って島国で周囲を海に囲まれておりますね。
いきなりアジア諸国との緊張が高まり、海上封鎖されたりしたらばどうなるんだろうかと。
国際分業論なんてぶっ飛びますよね。


もう一つ。
食料自給率の向上は、食料を武器とした外交交渉や圧力によるダメージや恫喝の危害を、最小限に留める効果もある。
米国が「お前らには小麦と大豆とトウモロコシを売らんぞー!」と言い出したらば、直接の消費者のみならず、畜産業などを含め多くの関連業界が、更には加工食品業界が多大なダメージを食らうだろうに。


余談ですが。
はるか昔、学生だったLucaさんは某官庁の方と雑談しまして、食糧安全保障や自給率について色々伺いました。
もしも食料自給率をカロリーベースのみで考えるならば、日本全国の畑や水田にサツマイモを植えまくれば、カロリーベースでは250%の自給率を達成できるそうです。


だけどさ。人間ってのは、サツマイモを主食に転換しこれまでの食生活を一気に変換するのは無理がありますよね。
野菜、果物、米。または肉。鶏肉・豚肉・牛肉。
食卓を相応に飾り十分な食生活を送るには、相応の食料のバリエーションが必要で。
実態としては多くの食料品が海外よりの輸入に依存します。
(その点では、カロリーベースのみでの自給率を論じるのは、いささか物足りない部分があります)


では、自給するにはどうしたらば?食料を生産するに際して、何が必要でしょうか。


肉のためのエサ?
畜産業ならば、動物の餌として雑穀やトウモロコシや麦類が必要ですね。もちろん草だけでも肉にはなりますが、現代人が求めるような品質 - 牛肉ならば所謂サシが入った適度な脂身の旨い牛肉 - などは作れないし。
日本人が直接摂食しない穀物が、ある程度の品質の肉を生産するには必要で、これらは輸入に依存しております。


肥料?
主要な肥料3元素、窒素・燐・カリのうち、窒素はハーバーボッシュ法で大気中の窒素より無尽蔵で作れ、カリは海水からも一応は作れます。ですが燐酸肥料は、リン鉱石または海外の鳥の糞による依存度が高く、これは日本では自給できません。


油?お魚?
中東よりの原油を輸入するシーレーンが脅かされれば、国内での油類価格は向上し、船舶の運営に支障をきたします。
ひいては沿海漁業の漁船の操業に必要な経費が跳ね上がり、お魚の価格に反映します。
もちろん海外よりの海産物の輸入もまた、シーレーンが危機的状況となれば難儀となり。はるか遠隔地 - 例えばアフリカ大陸西岸で捕られたタコをどうやって日本にまで輸送するんでしょうか。東南アジアで養殖されたエビは?魚のすり身などの原材料は?

そもそも、食料が何故に戦略物資として重要性が高いのか

池田信夫氏の洞察が精彩を欠いた部分は、食糧安全保障や国際分業論なんて大きな風呂敷ではなく、食料に起因する国民感情に基づく部分なのではなかろうか。


10年以上前のコメ凶作騒ぎでのタイ米輸入を思い出してもらいたい。
昔の事でありますので、具体的資料を手元に欠いており、その点は大変恐縮ではありますが。
コメが多少凶作だったとしても、他の食料品で「国民が多少我慢をすれば餓えない水準」であったにも関わらず、報道機関が毎日のようにパニックがかった放映を繰り返したじゃないか。
日本人の主食は米と言われるものの、現実には小麦やトウモロコシ製品 - うどん、パン、スパゲッティ、またお好み焼き - その他色々な食卓のシーンで代わりとなり得る食品が利用されている。
何故にコメ?


オイルショック時のトイレットペーパー買い付け騒ぎじゃありませんが。
米ってのは、日本人の食生活のみならず、精神文化に深く根ざした存在なのだ。
米飯を食する機会が年配者よりは若年層は減っては居るようですが、米ってのは日本の精神の基なのだよね。
だからこそ、大凶作で米が不足って報道で、皆さん右往左往したのだろうと。
「米が無かったらば、パンを食べればいいじゃない」なんて雰囲気じゃないのだよ。


さて、米が日本人にとって文化的支柱となる存在であるのは明らかではありますが。
米以外のものまで不足したらば?
不足してもやりくりできる量だったとしても、配分に不安を感じられたらば?


人間の要求なんてものは、まず第一に栄華であり、生存に要する必須事項なんて平穏な世では備わって当然扱いされるような気がしますが。
外交上のリスク(日本の主要な食料品輸入国との関係悪化のみならず、戦争や海上封鎖、シーレーンの確保維持に失敗したような場合)が生じたらば、まず第一に国民感情に直接反映するのは、海外よりの贅沢品でもバックでもなく、食料品だ。
何故ならば、国民感情に最も速やかに直結するのは、生存要求の根幹を満たすための食料品だからだ。
(もちろん原油も大事だろうけどね。)


日本は現実には、極めて脆弱な基盤に基づいて食料の輸入と、生産・配分を行っているんじゃないだろうか。つまりは自給率の低さに基づく弾力性の無さね。
これがある程度のやりくり(個別の家庭や個人レベル)、またはカロリー源の転換にて何とか餓死者を生まない状況になったとしても、平成米騒動を眺めるといかに食料の確保が国民にとって重篤な関心でありまたセンシティブな話題であるのか理解できるだろう。


我々は、餓えないレベルのカロリーベースでの穀物を得ていたとしても、よりおいしいものを求める。
パンならば、薄力粉はボソボソとしたマズイ学校給食パンになるので、強力粉が必要だ。
パスタならば、デュアルセモリナ種の小麦粉が求められる。
米にしたって、魚沼産コシヒカリは他地域のコシヒカリよりは尊重されるし、聞いた事もないようなマイナーかつマズイ品種の米は普通に混ぜこぜの一般の米として販売される。


うまいものを食べたい!との要求は、餓えより逃れたいとの要求よりはまだ、生存要求の次元では浅いものではありますが。国民にパニックを生じさせるには、十分なものである。
だから、食料品を十分かつ余るほど供給できる市場システムを保護するように備えるのは、感情的な国民の非難 - 生きるためにの前段階、おいしいものを食べて生きるために - を満たすには必須だし。
食料自給率の高低ももちろんですが、海外依存度の高さは大きなフレを生じさせうる要因であるため極力回避すべきでありますし。
数十年に一度の危機、戦争や外交的孤立に備え、ある程度の自給率の高さをキープするのは、国民を餓えより回避すると言うよりもむしろ不満の破裂を防ぐ目的として必須なのではないでしょうか。

2007年10月8日追記事項

「食料・農業・農村白書」を読んできました。
で、今では読書量が減ってますが、学生の頃に乱読癖があり当時読んだ食料安全保障の本などを発掘し、また読んで。
(事が後先になりましたが)


池田氏のコメントより

需給を調整するために商品相場というのがあるのです。


反論をコメントに掲載している方々は、また池田氏が非難している「安全保障を唱えるような方々」は、視点そのものが完全に違うのではないでしょうか。
「神の見えざる手」や市場原理、国際分業論
そういったものが全てブッ飛ぶような時代になっちゃったらどうなのよと、危惧しているのではと。


経済学者の妄想 (う)(2007-09-02 14:36:23)さんのコメントは、自分の見解と極めて近しいものがあります。以下に引用します。

兼業農家は他で稼いできた金を農機につぎ込んでいます。ヤンマーやイセキで農機の価格を見てください。兼業でなけりゃ手の届かない代物ばかりです。そもそも兼業農家に支払われる補助金なんて焼け石に水。恐らく一軒につき数万程度でしょう。寄生とまで言われてもらわなければならない額じゃない!なけりゃないでも大勢に影響はなし。趣味と割り切らなきゃやってられない農家が大多数です。実際に寄生しているのは、兼業農家の入れ足しで作られている農作物を、市場価格という叩き売りで安く買っている消費者じゃないですか?
罵詈雑言を浴びせ掛けられてまで私達の作った作物を食べていただかなくて結構です。どっからでも安く輸入して、美味しく頂いてください。